西川孝次吹きガラス工房  西川孝次

西川孝次吹きガラス工房
西川孝次
広島県三原市

略歴
1953年 広島県尾道市瀬戸田町の生口島に生まれる
1977年 沖縄の牧港(まちなと)ガラス工房に入社
1980年 広島に戻り開窯
1984年 広島県三原市小坂町に移窯
1986年 国画会入選
1990年 国画会奨励賞
1991年 国画会会友
1995年 沖縄市知念村に第2工房築窯

広島県三原市小坂町の田んぼが続くのどかな場所に、西川孝次(にしかわこうじ)さんの工房とご自宅はあります。ゆるやかな小さな坂を登っていくと見えてくるのは西川さんが自ら建てた木造の工房。鉄鋼の仕事を昔されていたそうで、入り口には工房同様に自ら手がけた鉄の可愛らしい看板が、この場所が手吹きガラスの仕事場であることを来客に知らせてくれます。


西川さんは広島生まれの広島育ち。
お隣の岡山県倉敷市で手吹きガラスを作られている倉敷ガラスの小谷真三さんに弟子入りを志願されますが、お弟子さんはとっていないとのことで沖縄の牧港(まちなと)ガラス工房を紹介してもらい、沖縄で吹きガラスの仕事をすることになりました。

3年後の1980年に、ご実家の広島県尾道市の生口島に戻られご自身の窯を開き吹きガラス作りの仕事を継続されますが、その4年後の1984年に現在工房がある広島県三原市小坂町に移りご自身で工房を建てられます。そして、1995年には第2のふるさとである沖縄に2つ目の工房を開きます。西川さんの奥様が沖縄ご出身ということもあり、毎年夏の時期は広島から沖縄まで奥様と車でナビを使わずに気分によって道を変えて下道でのんびり向かい、沖縄の工房でガラスを吹きながら夏場を過ごされるのだとか。そんな行程も楽しみの一つとおっしゃる西川さん。

沖縄では、主にコーラやビール瓶を使った再生ガラスで吹きガラスを製作されています。うぐいすと呼ばれる緑色のガラスたちがそれにあたります。沖縄で培った技術と西川さんの世界観で作られるガラスは、とても穏やかで楽しくゆったりとしていて見る人の心を引きつけるガラスです。とても自然な色合いで太陽の光がとても似合うガラス。透明のガラスも色鮮やかな青や赤ぼかしでも、それらは同じく楽しげでゆったりとしていて、そして現在の生活にもフィットするモダンさがあるのです。人を遠ざけるような冷たさはなく、親しみある知的で楽しいガラス。


西川さんは、鉄鋼の仕事をされていた経験を生かし、出来合いのものを買わずに自ら作れるものは自作されます。ガラス作りに使うこれらの型も西川さん自ら作られたのだとか。他のガラス工房へお邪魔すると売り物の型を買わずにご自分が納得いく形を探され、空き缶などに手を加えて型作りをされている作り手の方はいらっしゃいましたが、ここまで完成度の高い型を自ら作られている方にお会いしたのは初めてでした。確かに、西川さん団塊の世代の方は、手に入らないものは自ら作るのが当たり前。そして欲しいものは自分で作るのが当たり前とおっしゃる方が日本そして海を越えて海外でも多くお会いします。心が自由で、発想の泉のような豊かさで、その下の私たち世代が憧れる世代です。映画がお好きな西川さん。奥様のお父様が沖縄で映画館を営んでいたということもあり、奥様も映画にとても詳しいそうです。お二人で映画の話をされることもあれば、西川さんが真面目に社会問題について話をされていたかと思うと、横から奥様が全く関係のない話をし怒るのではなく爆笑して終わる。そんな方が作るガラスです。


西川さんは、金型に吹込んだガラスも手がけられます。金属とガラスどちらも精通した西川さんらしいお仕事ですが、コップや酒器などの日用品も多く手がけられます。酒器は西川さんご本人がお酒好きということもあり、ショットグラスも様々な形があります。仕事の後のビールが最高でそのために仕事をしているというほど。ご自身のワイングラスでビールを頂くのがたまらないという西川さんのワイングラスは、ワインだけではなくビールを注いでもビールと泡のバランスがワイングラスの中で絶妙な美しさだなと感じます。コップも同様に中に飲み物を注ぐと、またガラスのフォルムが際立ちさらに美しさに見とれてしまいます。
是非お試しください。


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